日本の半導体復活戦略:ラピダスとTSMC熊本工場の衝撃
半導体の王者から転落、そして復活へ
1980年代、日本は世界の半導体市場の50%以上を支配していた。NEC、東芝、日立がDRAMメモリで圧倒的なシェアを誇り、「半導体の王者」として君臨していた。しかし、その後の30年間で日本の半導体産業は急速に衰退した。韓国サムスン、台湾TSMC、そして中国メーカーの台頭により、日本の世界シェアは10%以下にまで低下。かつての栄光は過去のものとなった。
だが2020年代、地政学的リスクと経済安全保障の観点から、半導体サプライチェーンの再構築が世界的な課題となり、日本は巨額の政府支援を投じて半導体産業の復活に乗り出した。その象徴が、Rapidus(ラピダス)の設立とTSMCの熊本工場誘致だ。
日本政府は半導体産業への支援として総額3兆円超の予算を計上。経済安全保障の最重要分野として位置づけ、過去最大規模の産業政策を展開している。
Rapidus:2nmへの挑戦
2022年に設立されたRapidus(ラピダス)は、日本が最先端半導体の製造能力を取り戻すために創設された国策企業だ。トヨタ、ソニー、NTT、デンソー、キオクシア、ソフトバンク、NEC、三菱UFJ銀行が出資し、IBMの技術ライセンスを受けて2nmプロセスの量産を目指している。北海道千歳市に建設中の工場は、2027年の量産開始を目標としている。
2nmプロセスは、現在の最先端である3nm(TSMCが量産中)をさらに微細化した次世代技術であり、消費電力の削減と処理性能の向上が期待される。Rapidusの挑戦は極めて野心的だ。なぜなら、日本は現在40nm以降の先端プロセスの量産経験を持たず、2nmへの跳躍は技術的に極めて大きなギャップがある。IBMが開発した GAA(Gate-All-Around)トランジスタ技術とEUV(極端紫外線)リソグラフィの習得が成功の鍵を握る。
TSMC熊本工場:日本半導体エコシステムの再生
TSMCの熊本工場(JASM:Japan Advanced Semiconductor Manufacturing)は、日本の半導体エコシステム再生において別の重要な役割を担っている。第1工場は2024年末に稼働を開始し、12/16nm、22/28nmプロセスの半導体を製造。第2工場では6/7nmプロセスの量産が計画されている。
JASM設立にはソニーセミコンダクタソリューションズとデンソーが出資しており、ソニーのイメージセンサーやデンソーの車載半導体の安定供給を確保する狙いがある。熊本工場の波及効果は大きく、周辺地域には半導体材料メーカーや装置メーカーの工場が相次いで進出し、九州全体が「シリコンアイランド」として活性化している。
ソニーのイメージセンサー:世界首位の牙城
日本の半導体産業がすべて衰退したわけではない。ソニーセミコンダクタソリューションズは、CMOSイメージセンサーで世界シェア約50%を握る圧倒的な首位メーカーだ。スマートフォンのカメラ、自動車のLiDAR、産業用カメラ、医療機器など、画像を扱うあらゆるデバイスにソニーのセンサーが搭載されている。この分野での日本の競争力は依然として健在であり、ソニーの技術的リーダーシップは当面揺るがないと見られている。
半導体材料・装置:隠れた支配力
最終製品としての半導体チップでは台湾・韓国に後れを取る日本だが、半導体材料と製造装置の分野では依然として圧倒的な競争力を保持している。フォトレジスト(感光性樹脂)では信越化学工業、東京応化工業、JSRが世界シェアの約90%を占める。シリコンウェハでは信越化学とSUMCOが世界シェア約60%を持ち、EUVペリクル(マスク保護膜)でも三井化学が先行している。
半導体製造装置では、東京エレクトロン(TEL)が世界第3位の装置メーカーとして、エッチング装置やコーター/デベロッパーで高いシェアを持つ。レーザーテック社のマスク検査装置はEUVリソグラフィに不可欠な装置として、事実上の独占状態にある。これらの「縁の下の力持ち」的企業の存在が、日本の半導体エコシステムの強靭さを支えている。
経済安全保障と今後の展望
半導体産業の復活は、単なる経済政策ではなく、経済安全保障の根幹に関わる国策だ。米中対立の激化に伴い、先端半導体の供給源の多角化は日米欧にとって共通の課題となっている。日本は地理的に台湾に近く、地政学的リスクを分散するパートナーとして米国からの期待も大きい。
課題は人材だ。半導体エンジニアの不足は深刻で、TSMC熊本工場だけでも数千人規模の技術者が必要とされる。大学での半導体工学教育の拡充、海外人材の獲得、隣接産業からのリスキリングが急務だ。スタートアップ育成と同様に、半導体産業の復活にも長期的な人材投資が不可欠である。
Rapidusが2nmの量産に成功するか、TSMCの熊本工場が日本の半導体エコシステムをどこまで再活性化できるか——その答えは2027年以降に見えてくるだろう。だが確かなことは、日本が半導体という戦略産業に本気で回帰し始めたということだ。
TechFromJapan編集部
テクノロジージャーナリスト、エンジニア経験者、業界アナリストからなる編集チームが、日本の最先端テクノロジーとイノベーションを多角的にレポートしています。